

富山に引っ越してから、たくさんの人に「どうして富山を選んだんですか」と聞かれました。
私は昔から日本が大好きで、約30年前には名古屋にも住んでいました。しかし、日本へ旅行すること、日本語を勉強すること、そして毎日日本語で生活することは全然違う経験だと感じました。
富山に来てから、妻と二人で少しずつ新しい生活を作り始めました。最初は市役所の手続きや銀行、買い物、毎日の会話など、普通のことでもたくさんのエネルギーが必要でした。「まだまだ勉強が必要だな」と思う日もたくさんありました。
最初の半年ぐらいで一番大変だったことは、予想していなかったことでした。それは、いつも頭がいっぱいで、疲れているような感覚でした。
日本語で生活することが難しいのは分かっていましたが、毎日の小さなことにこれほど集中力が必要だとは思いませんでした。手紙を読むこと、説明を理解すること、予約をすること、日本語を勉強すること、普通の会話をすることでも頭をたくさん使いました。
アメリカでは30年以上営業の仕事をしていました。長い経験があったので、自信を持って仕事をしていました。多くのことは自然にできました。
でも日本に引っ越してから、私はもう一度「初心者」になりました。
大きなチャレンジの一つは、富山市のスターバックスでアルバイトを始めたことです。新しい仕事を覚えるだけではなく、日本の仕事文化を理解し、すべてを日本語でする必要がありました。

最初はたくさん失敗しました。私は昔から何でも正しくやりたい性格なので、失敗すると悔しい気持ちになりました。
でも、お店のパートナーのみなさんはとても親切で、いつも助けてくれました。そのおかげで、少しずつ自信を持てるようになりました。
お客様との出会いも楽しい経験です。地元のスターバックスで外国人が働いていることに驚く方もいますが、そこから楽しい会話が始まることもあります。
少しずつ、富山が「自分の場所」だと感じるようになりました。
最近、新しいロードバイクを買って、富山を走りながら探索しています。川沿いを走ったり、立山連峰を見たり、今まで知らなかった場所を見つけたりする時間は、今の私の楽しみの一つです。

富山の好きなところはバランスの良さです。自然がありますが、便利な生活もできます。山、海、おいしい食べ物、そして優しい人たちがいます。アメリカでの生活よりゆっくりしていますが、それが私には合っていると思います。
50代で外国へ移住することは、簡単なことではありません。大変な日もあります。
でも、日本語で少し会話ができた時、お客様の好きなドリンクを覚えた時、自転車で新しい美しい道を見つけた時、少しずつ富山とのつながりを感じます。
私は今でも毎日学んでいます。でも、それも新しい人生の楽しみの一つだと思います。
富山は、ただ引っ越して来た場所ではなくなりました。
少しずつ、私の「ふるさと」になっています。
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DAVID HULL
30年以上にわたり包装機械の営業に携わってきました。昨年、結婚30年になる妻と共に日本での新しい生活を始めるため、アメリカ(ニュージャージー州)から富山市へ移住しました。
現在は尺八の練習や日本語の勉強、昭和歌謡や日本のジャズ・フュージョンを聴くことを楽しんでいます。夫婦で小さな旅に出かけ、日本の歴史や自然に触れるのが好きです。